異動者への教育|安衛則35条の8項目と伝え漏れる3点
異動してきた人は、会社のことを知っています。挨拶も要りませんし、就業規則の説明も済んでいます。そのぶん、受け入れる側の説明が「じゃあ、やってみて」から始まりがちです。
ところが、事故や不良は、この省略された部分で起きます。一般には、異動者への教育とは、新しい部署で必要になる作業と決まりを渡すことを指します。この記事では、異動者への教育について、経験者だからこそ伝え漏れる項目と、単独で任せるまでの進め方を整理します。渡す項目の一覧そのものは、テンプレートのページから無料でダウンロードできます。
数日だけ来る応援の方には、同じ量を伝える時間がありません。その日のうちに渡す3点は応援者の受け入れ教育にまとめました。
この記事の内容(11項目)
- 異動者への教育で、省略されやすいのは3つ
- 似ている作業ほど、丁寧に見せる
- ローカルな決まりを、一覧にしておく
- 新人への教育とは、範囲を変える
- 資格は、必ず確認し直す
- 省略した項目も、記録に残す
- 異動の前に、送り出す側から情報をもらう
- スキルマップがあれば、そのまま渡せる
- 本人にも書いてもらう
- 受け入れ側は、必要な作業の一覧を返す
- 単独で任せるまでの期間を、先に決める
- 期間ではなく、判定で決める
- 本人が言い出しにくいことを、こちらから聞く
- 許可の記録を、部署ごとに作り直す
- 異動者が持ってきた経験を、活かす
- 1か月経ったころに聞く
- 手順書を直す材料にする
- 指摘を、批判として受け取らない
- 応援や短期の受け入れとは、扱いを分ける
- 応援者に、単独作業をさせない
- 短期の受け入れにも、記録は残す
- 応援が続くなら、異動と同じ扱いにする
- 異動者の受け入れが毎回ばたつくときの直し方
- チェック表を1枚作れば、次から使える
- 異動の手続きに、教育の項目を組み込む
- スキルマップに、行を移す
- 異動者への教育にかかわる最近の動き(2026年10月時点)
- 異動者への教育に出てくる用語
- 異動者への教育と一緒に押さえておきたいこと
- 異動者への教育は、条文に保存義務がなくても記録を残す
- 異動者への教育のほかに、特別教育・職長教育・健康診断が要るかを確かめる
- 異動者への教育係は、その作業を毎日している人にする
- よくある質問
異動者への教育で、省略されやすいのは3つ
社歴があると、教える側も「知っているだろう」と思ってしまいます。実際に抜けやすいのは、次の3つです。
| 抜けやすい項目 | なぜ抜けるか | 抜けると起きること |
|---|---|---|
| その部署固有の危険 | 会社の安全教育は受けているから | 立入禁止の場所や、部署特有の危険を知らない |
| その部署のローカルな決まり | 文章になっていない | 報告先や記録の書き方が前の部署の流儀のまま |
| 似ているが違う手順 | 同じ作業に見える | 前の部署のやり方で作業してしまう |
ポイントはここです。いちばん危ないのは3つ目です。まったく知らない作業なら本人が確認しますが、似ている作業は確認しないまま前のやり方でやってしまいます。
似ている作業ほど、丁寧に見せる
同じ名前の作業でも、部署が違えば手順が違うことがあります。「前の部署ではどうやっていましたか」と先に聞くと、差が出てきます。差が分かってから教えると、短時間で済みます。
ローカルな決まりを、一覧にしておく
その部署だけの決まりは、たいてい文章になっていません。異動者が来るたびに口頭で説明していることを、一覧にすると、渡し漏れが無くなります。1回作れば次から使えます。
新人への教育とは、範囲を変える
異動者に新人と同じ内容を全部やると、本人が退屈します。かといって省略しすぎると危険です。要る部分と要らない部分を分けます。
| 項目 | 新人 | 異動者 |
|---|---|---|
| 会社の規則、就業のきまり | 必要 | 省略してよい |
| 会社全体の安全衛生教育 | 必要 | 十分な知識があると認められる事項は省略できる |
| その部署固有の危険 | 必要 | 必要 |
| その部署の作業手順 | 必要 | 必要 |
| その部署の報告と記録 | 必要 | 必要 |
| 作業に必要な資格 | 必要 | 必要(保有を確認) |
資格は、必ず確認し直す
資格には、運転免許のように有効期限があるものと、技能講習の修了証のように期限の定めが無いものがあります。前の部署で使っていなかった免許は、更新されずに切れていることがあります。異動の時点で、新しい部署で必要な資格の有無と、期限のあるものは期限を、原本で確認します。持っていると思い込んで作業に就かせると、無資格での就業になりかねません。
省略した項目も、記録に残す
「省略した」と書いておかないと、実施漏れなのか判断で省いたのかが分かりません。省略の理由を1行残すと、あとで説明ができます。
異動の前に、送り出す側から情報をもらう
受け入れる側だけで準備すると、本人の実際の経験が分かりません。異動が決まった時点で、前の部署から3点もらいます。
スキルマップがあれば、そのまま渡せる
できる作業の一覧は、スキルマップの該当する人の行をそのまま渡せば済みます。部署ごとに別の表を使っていても、単独可の印だけは共通で読めます。作り方はスキルマップの作り方にまとめています。
本人にも書いてもらう
送り出す側の情報と、本人の自己申告を突き合わせます。本人が不安に思っている作業が分かると、そこから教えられます。
受け入れ側は、必要な作業の一覧を返す
新しい部署で必要になる作業を先に渡しておくと、本人が心構えを持てます。異動の前に一覧を渡すだけで、初日の会話が変わります。
単独で任せるまでの期間を、先に決める
経験者だからといって、初日から1人で任せると事故につながります。期間を先に決めておくと、双方が納得できます。
| 本人の状況 | 単独まで | その間の扱い |
|---|---|---|
| 同種の作業を長く経験 | 1から2週間 | 手順の差だけを確認する |
| 近い作業の経験あり | 1か月程度 | 補助として入る |
| 初めての作業 | 新人と同じ | OJT計画を作る |
| 資格が必要な作業 | 資格の確認が済むまで不可 | 資格の要らない作業を担当 |
期間ではなく、判定で決める
「2週間経ったから任せる」ではなく、作業ごとの確認表で判定してから任せます。期間は目安で、判定が根拠です。判断の条件は単独作業の許可で扱っています。
本人が言い出しにくいことを、こちらから聞く
経験者ほど「まだ不安です」と言いにくくなります。「気になっているところはありますか」とこちらから聞くと、出てきます。聞かないと、そのまま任されてしまいます。
許可の記録を、部署ごとに作り直す
前の部署での許可は、新しい部署では通用しません。作業も設備も違うので、あらためて出します。ここを引き継ぐと、根拠のない許可になります。
異動者が持ってきた経験を、活かす
異動者への教育は、渡すだけの作業ではありません。前の部署のやり方を知っている人が来る、という機会でもあります。
| 聞くこと | 得られるもの |
|---|---|
| 前の部署ではどうやっていたか | 自部署の手順を見直す材料 |
| 最初に分かりにくかったこと | 手順書や説明の弱点 |
| 前の部署で使っていた道具や様式 | 取り入れられる工夫 |
1か月経ったころに聞く
初日に聞いても、まだ違いが見えていません。1か月ほど経って、両方が見えているうちに聞くと、具体的な話が出ます。半年経つと慣れてしまい、違和感が消えます。
手順書を直す材料にする
異動者が分かりにくいと感じた場所は、次に来る人も同じところでつまずきます。気づいた点を手順書に反映すると、受け入れが毎回楽になります。
指摘を、批判として受け取らない
「前の部署ではこうでした」を否定として受け取ると、次から言わなくなります。情報として受け取り、採否は別に判断すると、有用な話が集まります。
応援や短期の受け入れとは、扱いを分ける
異動は継続的に所属が変わることで、応援はその日だけです。教える範囲も、任せる範囲も変わります。
| 異動者 | 応援者 | |
|---|---|---|
| 期間 | 継続 | その日、その週 |
| 教える範囲 | 作業を単独でできるまで | その日の作業と危険な場所 |
| 任せる範囲 | 判定を経て単独作業まで | 補助まで |
| 記録 | 異動者教育のチェック表 | 受入教育の記録 |
応援者に、単独作業をさせない
人手が足りない日ほど、応援に来た人へそのまま任せたくなります。その日に来た人は、判定も許可もない状態です。補助までにとどめます。
短期の受け入れにも、記録は残す
1日だけでも、危険な場所と緊急時の連絡先を伝えたことは残します。事故が起きたときに、何を伝えていたかを説明できる状態にしておきます。期間を決めて受け入れる実習生の場合は実習生の受け入れで扱っています。
応援が続くなら、異動と同じ扱いにする
毎週のように同じ人が来ているなら、実質的に継続です。正式に教えて、単独作業まで持っていくほうが安全です。受け入れの手順は応援者の教育記録で扱います。
異動者の受け入れが毎回ばたつくときの直し方
異動のたびに同じところで手間取るなら、手順のほうを直します。
| 症状 | よくある原因 | 直し方 |
|---|---|---|
| 説明する人によって内容が違う | 渡す項目が一覧になっていない | チェック表を作って共通にする |
| 前の部署のやり方でやってしまう | 似ている作業の差を説明していない | 先に前のやり方を聞いてから教える |
| 資格が無い、または期限が切れていた | 異動時に原本で確認していない | 異動の手続きに資格確認を入れる |
| 初日から1人で任せてしまう | 経験者だからと省略している | 単独までの期間と判定を決める |
| 本人が不安を言い出せない | こちらから聞いていない | 1週目に必ず1回、気になる点を聞く |
チェック表を1枚作れば、次から使える
その部署で渡すべき項目は、異動者が変わってもほとんど同じです。1回作れば、次からは印を付けるだけになります。作るのに半日もかかりません。
異動の手続きに、教育の項目を組み込む
人事の手続きだけが動いて、現場の受け入れが後手に回ることがあります。異動の連絡と同時に、受け入れ側が準備を始める形にしておきます。
スキルマップに、行を移す
異動してきた人の情報が、前の部署の表に残ったままだと、配置の判断に使えません。異動の日に、スキルマップの所属を変えて、必要な列を足します。
異動者への教育にかかわる最近の動き(2026年10月時点)
異動者への教育の土台になる条文(労働安全衛生法第59条2項、労働安全衛生規則第35条)は変わっていませんが、教える範囲と対象は2023年から広がっています。確かめられた動きを日付順に並べます。
| 時期 | 出来事 | 異動者への教育への影響 |
|---|---|---|
| 2023年4月1日 | 職長等の教育(労働安全衛生法第60条)が必要な業種に、食料品製造業(うま味調味料製造業と動植物油脂製造業は以前から対象)と、新聞業・出版業・製本業・印刷物加工業が加わった | これらの業種で、異動をきっかけに班長や職長になる人には、職長等の教育が要る |
| 2024年4月1日 | 雇入れ時等の教育のうち、特定の業種で一部の項目を省略できるとしていた規定が廃止された | どの業種でも、作業内容が変わった人に、機械や原材料の危険性、保護具、作業手順、作業開始時の点検を含めて教える |
| 2025年6月1日 | 熱中症のおそれがある作業について、報告の体制づくりと、悪化を防ぐ手順の作成・周知が義務になった(労働安全衛生規則第612条の2) | 暑い作業場へ異動する人には、初日に報告先と手順を伝える |
| 2026年4月1日 | 改正労働安全衛生法(令和7年法律第33号)の主な部分の施行。高年齢労働者の労働災害防止に必要な措置が事業者の努力義務になり、国が指針を公表することとされた | 高年齢の人の配置転換では、新しい作業の負担や危険を教育の中で伝える |
| 2026年5月27日 | 令和7年の労働災害の確定値が公表された。全産業の死亡者は700人で過去最少、休業4日以上の死傷者は135,333人 | 件数は減っていても、作業が変わった直後の人に教える必要は変わらない |
異動者への教育で押さえたいポイントは、2024年4月から業種による省略が無くなり、事務や販売の職場でも作業が変われば教育の対象になることです。
出典:労働安全衛生法の新たな化学物質規制(厚生労働省)、労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律の概要(厚生労働省)、令和7年の労働災害発生状況(厚生労働省)、労働安全衛生規則(e-Gov法令検索)
確認日は2026年10月3日です。自社の作業が教育や健康診断の対象になるかは、所轄の労働基準監督署にご確認ください。
異動者への教育に出てくる用語
異動者への教育では、似た名前の教育や手続きがいくつも出てきます。根拠の条文と一緒に並べます。
| 用語 | 意味 | 出典 |
|---|---|---|
| 雇入れ時等の教育 | 雇い入れたときと作業内容を変更したときに行う安全衛生教育。8項目のうち、その業務に必要な事項を教える | 労働安全衛生法第59条1項・2項、労働安全衛生規則第35条1項 |
| 作業内容変更時の教育 | 上の教育のうち、作業内容を変更したときのもの。何を「作業内容の変更」とするかは、法令上の定義はない | 労働安全衛生法第59条2項 |
| 教育の省略 | 8項目の全部または一部について十分な知識と技能があると認められる人は、その事項を省略できる | 労働安全衛生規則第35条2項 |
| 特別教育 | 危険または有害な業務に就かせるときの教育。受講者や科目の記録を3年間保存する | 労働安全衛生法第59条3項、労働安全衛生規則第38条 |
| 職長等の教育 | 新たに職長など、作業中の人を直接指導・監督する立場に就く人への教育。政令で定める業種が対象 | 労働安全衛生法第60条、労働安全衛生規則第40条 |
| 配置替えの際の健康診断 | 深夜業や有機溶剤業務など、決められた業務へ配置替えするときに行う健康診断 | 労働安全衛生規則第45条、有機溶剤中毒予防規則第29条2項など |
| 単独作業の許可 | 1人で作業を任せてよいと判断すること | 法令上の定義はない |
異動者への教育で取り違えやすいのは、作業内容変更時の教育と特別教育は別のものだということです。新しい部署の作業が特別教育の対象業務なら、変更時の教育とは別に特別教育が要ります。
異動者への教育と一緒に押さえておきたいこと
異動者への教育を調べると、ジョブローテーションの考え方や、受け入れ時の心構えの話が多く出てきます。受け入れる現場から見て、あまり書かれていない点を3つ挙げます。
異動者への教育は、条文に保存義務がなくても記録を残す
労働安全衛生規則第35条には、教育の記録を作って保存する定めはありません(特別教育は第38条で3年間の保存が定められています)。それでも、教えた日、教えた人、教えた項目、省略した項目とその理由を1枚に残しておくと、事故が起きたときに何を伝えていたかを説明できます。なお、作業内容を変更したときの教育を怠ると、労働安全衛生法第120条1号により50万円以下の罰金の対象になると定められています。
異動者への教育のほかに、特別教育・職長教育・健康診断が要るかを確かめる
異動先の作業によっては、作業内容変更時の教育だけでは足りません。フォークリフトなどの運転や玉掛けのように資格や特別教育が要る作業、班長として人を指導する立場、深夜業や有機溶剤を扱う業務への配置替えでは、それぞれ別の手続きがあります。異動の連絡を受けたら、新しい作業がこの3つに当たるかを先に確かめると、受け入れ初日に作業を止めずに済みます。
異動者への教育係は、その作業を毎日している人にする
異動者への教育係を、役職の高い人や前の部署を知っている人に任せることがよくあります。それでも回りますが、その作業を日常的にしている人を教育係にすると、部署だけの決まりや似ているが違う手順を、具体的に伝えられます。教育係の負担が増えるので、その期間はほかの仕事を減らします。教育係の引き継ぎ方は教育担当の引き継ぎで扱っています。
よくある質問
- Q. 異動者にも、新人と同じ教育をすべきですか?
- 範囲を分けることをおすすめします。会社の規則や全体の安全衛生教育は省略してよい一方、その部署固有の危険、部署の作業手順、報告と記録の決まりは新人と同じように必要です。とくに、前の部署と似ているが手順が違う作業は、本人が確認しないまま前のやり方でやってしまうため、丁寧に差を見せてください。
- Q. 異動のときにも法令上の教育義務はありますか?
- 労働安全衛生規則第35条は、労働者を雇い入れたときだけでなく、作業内容を変更したときにも遅滞なく安全または衛生のための教育を行うことを定めています。異動で作業内容が変わる場合はこの対象になり得ます。何をどこまで行うかは作業の内容によって変わるため、自社の作業に照らして判断してください。
- Q. 経験者には、いつから1人で作業を任せてよいですか?
- 期間ではなく判定で決めてください。同種の作業を長く経験している場合でも1から2週間は手順の差を確認し、作業ごとの確認表で判定してから任せることをおすすめします。前の部署で出ていた単独作業の許可は、作業も設備も違うため、新しい部署であらためて出す必要があります。
- Q. 異動者の資格は、あらためて確認すべきですか?
- 必ず確認してください。資格には運転免許のように有効期限があるものと、技能講習の修了証のように期限の定めが無いものがあり、前の部署で使っていなかった免許は更新されずに切れていることがあります。持っていると思い込んで作業に就かせると、無資格での就業になりかねません。異動の手続きの中に、新しい部署で必要な資格の有無と期限を確認する項目を入れておくと漏れません。
- Q. 異動者に、前の部署のやり方を聞いてもよいのですか?
- 積極的に聞くことをおすすめします。似ている作業ほど差が問題になるため、先に前のやり方を聞いてから教えると短時間で済みます。また、1か月ほど経って両方が見えているうちに「分かりにくかったこと」を聞くと、自部署の手順書を直す材料が得られます。半年経つと慣れてしまい、違和感が消えます。
- Q. 応援に来てもらう人にも、同じ教育が必要ですか?
- 範囲を分けてください。応援はその日限りで、判定も単独作業の許可もない状態のため、教えるのはその日の作業と危険な場所、緊急時の連絡先に絞り、任せるのは補助までにとどめます。ただし1日だけでも、何を伝えたかは記録に残してください。
- Q. 異動のたびに受け入れがばたつきます。どう直せばよいですか?
- その部署で渡すべき項目を一覧にしたチェック表を1枚作ってください。異動者が変わっても渡す項目はほとんど同じなので、1回作れば次からは印を付けるだけになります。作るのに半日もかかりません。あわせて、異動の連絡と同時に受け入れ側が準備を始める流れにしておくと、後手に回りません。
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